
図解で学ぶ めくるめく日本語史の世界
今野真二 著
淡交社 発行
2025年2月20日 初版発行
日本語史という分野に初めてふれる人や、教養として日本語史を学びたい人を想定して書いた、とのことです。イラストも多く分かりやすく親しみやすい本です。
日本語史ことはじめ
平安時代までの日本語を「古代語」
江戸時代以降の日本語を「近代語」と呼び、
両者の間の過渡期を「中世語」と呼びます。
中世語はキリシタン資料や抄物、狂言台本など、当時のことばを使った文献が残っている。
文献は文化の中心地に残りやすいので、奈良・京都に都があった時期、また鎌倉・江戸に幕府があった時期はその地域の日本語が文献に残ることになります。
古代語編
鉄剣・鉄刀に文字がきざまれた5世紀半ば過ぎ頃から8世紀までの250年間、日本語を漢字によって文字化するという試みは、『古事記』『日本書紀』『万葉集』という3つのテキストによって大成された、とみることができる。
『日本書紀』の歌謡部分の漢字の使い方が、中国語の発音を理解した上で使ってる巻と、そうではなさそうな巻に分かれることがわかっています。
『万葉集』を構成しているのは8世紀の日本語とみなすことができる。
「文字」には一字で「語」を表す「表語文字」と、いくつかの文字が並んで「語」を表す「表音文字」があります。表語文字の代表は中国語を書くために使われる漢字です。
仮名は日本語の音節に対応している音節文字
アルファベットは音素文字
濁音が語頭にくると、語のイメージがなんだか悪くなる。
「ざまあみろ」の「ザマ」は様
「がらがわるい」の「ガラ」は柄(カラ)
あめつち
仮名二字で書ける名詞を二語ずつの組で並べようとした歌。「いろはうた」に先立ち、 日本語で使ってる音を仮名の一覧表のようなかたちにまとめたもの。
いろはうたよりも一字多い。
五十音図
仏教を理解するためにサンスクリット語の学びを行う中で生まれたと推測される。
原型は11世紀頃から見られるものの、長い間、日本人の生活では「いろは」順が主流であった。
「ん・ン」は仮名ではなく、そこに「撥音」 と呼ばれる音が存在してることを示す符号のようなもの。
「促音」の「っ・ッ」も符号
「長音」の「ー」も、「拗音」の「ャ・ュ・ョ」も五十音図には含まれていない。
縄文時代に文字はもってなかったという推測の根拠
縄文土器には「文字」なし。この時代に文字があれば刻まれたはず。
キリシタン資料の文献印刷のための機械は1590年、加津佐(長崎県南島原市)のコレジオ(神学校)に置かれる。やがて秀吉による弾圧傾向を感じ取り、天草河内浦(熊本県天草市)に移転。天草で多くの出版物が印刷された。
近代語編
四つ仮名
「ジ・ヂ」「ズ・ヅ」
15世紀頃から文献上でも混同がみられるようになる。
自分よりも下の世代が自分と少し異なることばを使っているのを「若い者はけしからん」という人も、かつては自分より上の世代に「若い者はけしからん」と言われていたかもしれません。変化した言語を変化しない側から見ると、「乱れている」ということになります。
定家かなづかい
藤原定家による著書と考えられている『下官集』の「嫌文字事」にかなづいの使用例が書かれており、これを南北朝時代の行阿が語例を補強し、歌学の方面で江戸~明治になるまで支持されたかなづかいのこと
「漢字節減」という発想
幕末からから明治初期にかけて、使用する漢字の数を減らそうとする動きが有識者に見られるようになった。
福沢諭吉
難しい漢字はなるべく用いないように、漢字の数は「二千か三千」で充分であると主張
(ちなみに現在の常用漢字表(2010年告示)には2136字が掲載)
前島密
漢字の習得に時間を費やすよりも、「事物の道理を講明」する方がよいと主張。
前島はオランダ語や英語に早いうちから触れていた。