NHK Eテレ 日曜美術館 家島における松井守男画伯


・フランスのコルシカ島に居を構えていた松井守男画伯。同じような場所として家島を見出す。瀬戸内海自体が地中海みたいなものであり、家島をコルシカ島とみなしても全く違和感ない。

・家島の原生林の歪んだ木に生命力を見出し、作品のモチーフとする松井画伯。ゴッホが人生最後の作品にオーベルシュールロワーズの木々の「根」を選んだことを思い出した。

・西島の採石場に廃墟の美を見出す。その中に天からの光を受けてポツンとたたずむ国生み神話の頂上岩

・家島小学校での子供たちとの創作。以前この小学校では、日比野克彦さんもサッカーのワールドカップ絡みで子供たちとワークショップを行っていた。やはり島の子供は芸術家を惹きつけるのだろうか。

・子供の目を見る。同じ日本人でも微妙に色が違う。

・家島神社のふすま絵で白を多用する松井画伯。確かにカメラマン泣かせだと思った。現地で見ないとよくわからないだろうな。白を使ったということで、どうしてもフジタ(藤田嗣治)のことを思い出す。

・そのフジタは日本から捨てられたという悲劇の画家だが、松井画伯は日本人であることにこだわっている。

・光というものを常に見ようとするなら、やはり島か、海岸沿いが良い。天からの日光をしっかり浴びることができ。なおかつ海に反射する光を思う存分感じることができる。

・家島は天然の良港。陸地の中に海が見事に食い込んでいる。よって海の光もより島の中に反射する。

・家島では堤防に小学校卒業記念の絵が多く描かれている、もともと絵画にあふれた島。さらに今後増やすと同時に、以前描いた絵を同窓会のように集まって修復したらどうか。

 

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宮浦夜泊から見た家島

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詩を書き場から海を眺める

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家島神社の由緒書

 

アルザス欧州自治体(CeA)の議長選出

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アルザス欧州自治体(CeA)の議員の皆さん
アルザス欧州自治体では、2021年1月2日に初めての議会が開かれて、議長が選出されました。HPを訳します。

 

Résultat de l'élection du président de la Collectivité européenne d'Alsace

C'est M. Frédéric Bierry, anciennement président du Conseil Départemental du Bas-Rhin, qui a été élu président de la Collectivité européenne d'Alsace suite au vote des Conseillers d'Alsace lors de cette première séance plénière de la CeA.

アルザス欧州自治体の議長選の結果

このCeAの最初の全員議会でアルザス議員の投票を受けて、アルザス欧州自治体の議長に選出されたのは、元バ・ラン県議会議長であったフレデリック・ビエリ氏です。

 

Résultat du dépouillement
79 votants
75 bulletins Frédéric Bierry
4 bulletins blancs
Au premier tour de l'élection, Frédéric Bierry remporte 75 suffrages (minimum nécessaire : 41) et devient donc le Président de la Collectivité européenne d'Alsace.

開票結果
79人の投票者
75票のフレデリック・ビエリ票
4票の白票
第1回投票で、フレデリック・ビエリは75票(最低必要数:41票)を獲得したため、アルザス欧州自治体議長に選出されました。

 

Composition de la Commission Permanente
l'ensemble des élus sont membres de la Commission Permanente
15 sièges sont donnés à la vice-présidence :

常任委員会の構成
すべての議員は常任委員会のメンバーです。
副議長は15人です。
(以下略)
 

アルザス欧州自治体(CeA)の主な数値とロゴマーク

更にアルザス欧州自治体のHPを訳してみます。

 

Chiffres clés de la CeA
Population : 1,9 M d’habitants (4ème rang)
Communes : 880 (514 dans le Bas-Rhin et 366 dans le Haut-Rhin)
Budget : près de 2 milliards d’€
Personnel : 6 200 agents (avec le transfert des personnels d’Etat)
3 agents pour 1 000 habitants
Bâtiments : 376 lieux publics de proximité, 147 collèges publics (2ème Département de France), 210 établissements d’accueil pour les personnes âgées
Routes : 6 300 kms
Marqueur des plaques d’immatriculation : logo Acoeur

アルザス欧州自治体(CeA)の鍵となる数値
人口 :190万人(4番目)
コミューン(市町村):880(バ・ランで514、オ・ランで366)
予算 :約20億ユーロ
職員:6,200人(国の職員の異動を含む)
1,000人の住民あたり3人の職員
建物 :376の地方公共施設、147の公立大学(フランスで二番目に多い県)、210の高齢者受入施設
道路の距離:6,300 km
ナンバープレートのマーク:ハートマークのロゴ

 

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アルザスロゴマーク

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アルザスロゴマークをつけた自動車

一番最後がよくわからなかったのですが、どうやら車のナンバープレートに付けるロゴのようです。

文字の間に、Aを取り入れたハートマークとなっています。

アルザス欧州自治体(CeA)とは何ですか?

CeAのHPを読んでみました(日本語訳は不正確です(^_^;))

La CeA, c'est quoi ?

Cette organisation politique et administrative est composée de 80 conseillers d'Alsace représentant les cantons du Haut-Rhin et du Bas-Rhin, soit 40 binômes hommes/femmes.

CeAとは何ですか?

この政治的および行政的組織は、オ・ラン県とバ・ラン県のカントンを代表するアルザスの80人の議員、つまり40人の男性/女性のペアで構成されています。

(カントンというのは、フランスの行政区画のひとつです。

ただし州や県やコミューン(市町村)のような地方団体にはあたりません。

コミューンの一つ上の行政区画にあたります。

現在は県議会議員の選挙区としてなど、限られた役割しかありません。

あと男性/女性のペアということは現在のフランス県議会選挙の「パリテ二人組投票」わかりやすく言えば「混合ダブルス制投票」から来ていると思います。)

 

Les services et politiques de la CeA sont ceux des deux conseils départementaux auxquels s'ajoutent des compétences spécifiques et particulières à l'Alsace, liées notamment à sa situation géographique.

CeAのサービスと政策は、特に地理的状況に関連する、アルザス特有の権限が付け加えられた2つの県議会のものです。

 

La CeA représente une seule collectivité qui agit dans la proximité à l'échelle de l'Alsace et avec ses voisins transfrontaliers, l'Allemagne et la Suisse. Son statut unique est renforcé par sa position dans l’espace rhénan et les institutions européennes qui lui donnent une importance particulière en Europe.

CeAは、アルザスの規模で、国境を越えた隣国であるドイツとスイスと近接して行動する単一の地方自治体です。その独特の地位は、ライン河沿岸地域という場所と、ヨーロッパで特別な重要性を与えているヨーロッパの機関によって強化されています。

(団体の名称の通り、ヨーロッパの地方自治体としての心意気を感じます。ストラスブールドイツ国境やスイスのバーゼルで触れたライン河や、ストラスブールEU議会や欧州評議会を思い出します)

アルザス欧州自治体(CeA)が発足

La Collectivité européenne d'Alsace (CeA) est née de la fusion des conseils départementaux du Haut-Rhin et du Bas-Rhin. Instaurée par la Loi Alsace du 2 août 2019, elle est entrée officiellement en vigueur le 1er janvier 2021.

 

アルザス欧州自治体(CeA)がオ・ラン県とバ・ラン県の合併により誕生しました。2019年8月2日のアルザス法により設立され、2021年1月1日に正式に発効しました。

 

フランス語文はこの組織のHPからです。
とりあえず日本語に訳してみました。
まずは驚きました。
アルザスという、歴史的に複雑な地域とはいえ、フランスの海外県や島ではない本国で、このような地方行政の例外的な組織ができるとは。そして自治体の名称に欧州が入っているのもアルザスらしいといえばいえるのですが、特徴的ですね。
そして県と県が合併して県ならわかるのですが、新しい行政体になるのですね。
以前から合併の予定はあったそうですが、州(地域圏)の改革でアルザス州が無くなりグラン・デスト州にアルザスが飲み込まれる形になってしまったので、今回のような形式になってしまったのかもしれません。
組織名の日本語訳ですが、Collectivitéを辞書で見てみると「集団、団体」とあったのですが、ちょっとそれでは名前に貫禄が出ないということで(笑)自治体と訳してみました。
フランス語も地方行政もよくわかっていない自分ですが、今後少しずつでも調べてみたいと思います。
 

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アルザス日帰り旅行のパンフレット
 

テラスにそびえるアンヌ・ド・モンモランシーの騎馬像(シャンティイ)

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アンヌ・ド・モンモランシーの騎馬像(シャンティイ)

 

画像は大元帥のテラスに位置する「アンヌ・ド・モンモランシーの騎馬像」です。
1886年にポール・デュボワにより制作されました。
そばにおじさんが居てくれたおかげで、タバコの箱を置くように、だいたいの大きさが推測できます(笑)。
アンヌ・ド・モンモランシー(1493~1567)は大元帥まで出世したルネサンス時代の要人の一人です。
時代的にはイタリア戦争(1494~1516 1521~1559)や宗教戦争(1562~1598)の頃の人です。
フランソワ1世(在位1515~47)とともにマリニャンで戦い、アンリ2世(在位1547~59)やシャルル9世(在位1560~74)の時代にはギーズ家の権力者やプロテスタント勢力と戦いました。
1567年のサン・ドニの戦いで、74歳でこの世を去りました。

シャンティイとのつながりは、父であるギョーム・ド・モンモランシーから1522年にエクアン、モンモランシーの領地とともにシャンティイを譲られたことから始まります。
1560年頃には城の南の一画にプチ・シャトー(別館)と呼ばれる2つ目の城を建てるよう建築家のジャン・ビュランに依頼しました。またこの騎馬像が置かれてあるテラスを改修したり、庭園や城の正面の芝生など領地内に7つの礼拝堂を建てました。
17世紀にシャンティイを所有することになる大コンデ公はモンモランシー大元帥の曾孫になります。


(ニコル・ガルニエ著 シャンティイー および フランス史10講 岩波新書 を参考にしました)

 

 

シャンティイのフランス式庭園の向こうには英国・中国風庭園

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シャンティイ城の噴水とフランス式庭園

 

シャンティイの庭園の噴水そばから別方向を眺めます。
整った形のフランス式庭園の右隣には木々が生い茂っています。
このあたりは英国・中国風庭園(Le jardin anglo-chinois)となります。18世紀末に造られました。
シャンティイには他にイギリス式庭園と呼ばれる場所もあります。
フランス式庭園が整った形なのに対して、イギリス・(中国)風庭園は、木々や曲がった水路によって、自然本来の姿を表現しているように感じます。
なぜイギリス式に中国式が融合しているのかは、当時そういう名称が流行していたということぐらいで、よくわかりません。
ただイタリア人のカトリック司祭であるマッテオ・リパが、中国の避暑山荘の銅版画を1724年頃ヨーロッパに持ち帰ったそうなので、そこから広まったのかもしれません。
更にそのあたりには「集落」(Le hameau)と呼ばれるエリアもあります。
これは18世紀末、自然と自然の持つ魅力への回帰というジャン・ジャック・ルソーの考えに基づき、コンデ公子が建築家ジャン・フランソワ・ルロアに造らせました。1774年頃にできたそうです。
マリー・アントワネット王妃の「村里」のモデルになったそうです。

 

(二コラ・ガルニエ著 シャンティイー およびwikiを参考にしました)