現代語訳 榎本武揚 シベリア日記

現代語訳 榎本武揚 シベリア日記 表紙

現代語訳 榎本武揚 シベリア日記

諏訪部揚子・中村喜和 編注

平凡社ライブラリー 697

2010年3月10日 初版第1刷

 

明治11年(1878年)7月から9月まで、榎本武揚サンクトペテルブルクからウラジオストークまで、鉄道、馬車、汽船を使って帰国の途に着いた時の日記です。

ロシア公使という立場ですので、各地でそれなりの待遇を受けていますが、その一方、宿では南京虫に悩まされたり、馬車ではその揺れに苦しむなど、大変な目にもあっています。昔の人は偉かったですね。

そんな中、ロシア各地の観察を綿密に行い、記録に残しておられるのはさすがです。

そしてロシアの大地からインスパイアされて、漢詩を作っておられるのは粋ですね。

 

第一章 鉄道の旅(7月26日〜7月29日)

モスクワまでの線路は二筋で、ほとんど一直線である。ニコライ帝[一世]が石筆で地図に書いたプランによるという。

 

第二章 ヴォルガ川とカマ川の航行 (7月30日〜8月3日)

ベズウォドノエ村には昔から美女がたくさん生まれる。皇族は通る時には出してみせるとカピタン[船長]が話した。(このことは、我が国の肥前松浦の河内港に似ている)

 

私が乗り込んだ汽船は、薪は石炭を用いず、皆木材の薪である。

 

ロシアの通貨には紙幣と硬貨があり、常に硬貨の方が信用された。

 

第三章 馬車でウラルを越える (8月4日〜8月8日)

ヨーロッパとアジアの境目の三候補

・ペルミより182露里のところにピセルツスカヤという駅がある。付添いの役人が言うには、この場所はウラルの一番高いところであると。

・エカテリンブルグより35露里手前の駅に、ニジネシャイタンスキーという場所がある。ここはすなわちヨーロッパとアジアの境目で、水はこの辺りから分かれて流れるという。ヨーロッパとアジアの境目であることは、エカテリンブルグ市長の話で初めて知った。

・ペルミ県からトポーリスク県を示す標識こそヨーロッパとアジアの境、すなわち 、真のシベリアであることを表してる。小さな駅の役人から聞いた。

 

第四章 月明かりのもと(8月9日〜8月19日)

トムスク府に来る流刑囚は通例は他家の奴僕となるものが多い。

 

第五章 バイカル湖のほとり(8月23日〜8月30日)

第六章 ブリヤートの道を行く(8月31日〜9月12日)

キャフタ

ロシアと清朝中国の国境に近い町。1727年に両国関で結ばれた条約によってキャフタが交易場の施設として建設された。最大の交易商品は、ロシアの毛皮、清国の茶と絹布と綿布。

 

第七章 アムール川の航行(9月13日~9月21日)

アムールの語源の二つの説

モンゴル語のメンドモール、つまり「シルカとアルグン二つの流れが出会ってご機嫌がいい」から来た

・Are you wellから出た

 

ハバロフカ

1858年に軍隊の屯所としてつくられた町。初期のシベリア探検家ハバーロフにちなんで命名された。商業の発展に伴い1880年ハバロフスクと改称された。

 

第八章 ウスーリ川の航行(9月22日~9月28日)

ウラジヴォストークはロシア極東で、都市として規模がほぼ匹敵するハバーロフスクと繁栄を競っている。

 

解説Ⅰ 諏訪部揚子

生前はシベリア日記は発表されなかった。よって榎本がシベリア横断したことも、日記を書いたことも、生前はまったく世に知られることはなかった。

大正12年関東大震災の時に、家人が日記が書かれた帳面を発見したが、すぐには公表しなかった。

昭和に入って武揚の長男の武憲夫妻が他界した後、家財道具の整理をしていた執事が、分家の次男春之助に日記をしめしたことにより、日記は世に出た。

 

解説Ⅱ 中村喜和

二十代後半から三十代の初めにかけてオランダ留学した榎本

シベリアの砂金や各種の栽培植物に関心を寄せたのは北海道の開発・開拓が榎本の頭を離れなかったから。

榎本はオランダ語はむろんの事、ドイツ語と英語にも通じていたふしがある。

 

なぜ帰国に際し船旅ではなく、シベリア横断したか?

ロシアの領地を旅行して、日本人の臆病を覚まし、かつは将来のためを思いて実地を踏査して一書をあらわすため、と妻宛の手紙にあり。

 

中国茶の長い行列に出会い、日本からロシアに茶を輸出することを思いつく。そのためにキャフタに寄り道した。

流刑囚、自治体の制度、タタール人、ブリヤート人、ゴリド人などの少数民族、カザークなどの屯田兵などにも興味を持つ。

「一書にあらわす心組み」が実現しなかったのは、日本社会におけるロシアのあまりの不人気、とりわけ千島・樺太交換条約への世論の不満に気をくさらせた榎本は、だまってこの資料を秘蔵したのではあるまいか。