アーティストたちとの秋⑩ 「フィレンツェの思い出」の謎

 結局リハ会場到着は6時ちょうどだった。早速リハーサル開始である。曲はチャイコフスキーの「フィレンツェの思い出」と題されるものだ。漏れ聞こえる音を聴きながら、どこがフィレンツェを表現しているのか考える。穏やかな部分はアルノ河のゆったりとした流れ、激しい部分はフィレンツェの激動の歴史、そのほか様々な歴史的建造物や芸術作品、ダンテの「神曲」の中の天国と地獄、更にはフィエーゾレからの眺めなども曲のモチーフになっているのかと、勝手に自己流で想像してみる。
 あるいはこのようなこととはまったく関係なく、たまたま作曲した地がフィレンツェだったに過ぎず、それだけで題名にした、ということも考えられる。
 (ネットでいろいろ見た限り、どうやらフィレンツェのもろもろの事象とはあまり関係ないようである。)
 などなど考えながら外で聴いていると、中に入っていた何人かのスタッフが出てきた。こりゃ幸いとばかり許可を得て、入れ替わりで、一人真っ暗な客席に入る。

 この曲は六重奏で、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロがそれぞれ二人ずつ、という構成になっている。 途中チェロを使い、低音でやたらゴキゴキいわして、やたらみんなにウケていた。これこそ「神曲・地獄篇」なのかと勝手に思い込んでしまう。またポン・ポン・ポンとピチカート?を多用している部分があり、何を表現しているのか、やはり気になってしまう。雨の音なのか石畳を走る馬のひづめの音なのかなど、相変わらず曲の背景を知らないのをいいことに、好きなように解釈してしまう。
 時間が迫っているが、まだリハーサルは続く。リーダーのヴァイオリニストの方が慌てて外に出たので、終わったのかと思ったが、そうではなく、ヴァイオリンの弦が切れたとのことだった。控え室ですぐに張りなおし、リハに復活する。