アーティストたちとの秋⑧ 薄明に輝くアーティスト

 リハーサル再開。どうやらモーツアルトの曲をやっているようだ。最初は廊下で漏れ出る音を聴いていたのだが、専属のスタッフの方が「中に入ってもいいですよ」と言ってくれたので、携帯電話を切り、そっと重い扉を押し、そっと中に入り、端っこにそっと座る。
 真っ暗な客席の中、ステージだけが控えめに照らされている。ピアノとヴァイオリン、チェロとヴィオラの四重奏だ。
 独特の緊張感と、合間の笑い声も交えた打ち合わせ。その間にモーツアルトの伸びやかな音楽が響く。
 グランドピアノを背景に、トライアングルに位置して、弦楽器を響かせている。三人の欧州人男性とともに、もたれかかるようにチェロを弾く美しき中国人女性。
 若き天才たちが、一瞬の邂逅の中で、才能と努力により培った類まれな能力をお互いぶつけ合い、火花を散らしあっている。薄暗い空間から、その風景を見ていると、たまらなく幸福で、贅沢なひとときを過ごしているような気分になる。

 至福の時間を過ごした後、リハーサルが終わりそうになったので、ぼくは客席を出て、何らかの指示に備える。しばらく待っていると、ニジンスキーさん(仮名)が、一旦ホテルに帰って休みたいからタクシーを呼んでほしいという。帰るのは自分ひとりだという。慌てて携帯電話でタクシーを呼び、一緒に乗り込む。自分ひとりで大丈夫だから・・・と言ってくれたが、やはり慣れない街で万が一のこともありうるので、一緒についていく。
 車内でリハーサルが素晴らしく、感動したと伝える。所詮リハーサルで、それを褒めることが音楽家に対する礼儀としてふさわしいかどうかはわからないが、とにかく感動していたので、その気持ちを伝えずにはいられなかったのだ。
 その他、昨日の食事会のことや、いままでの経歴について、こちらが前もって仕入れていた情報をもとに聞く。もともとロシア生まれで、5歳の頃に音楽を始め、8歳でフランスのある室内管弦楽ソリストとしてデビューし、すぐにイングランドに渡り、今に至る。8歳でデビューなど、一瞬凄いと思い、その驚きを伝えそうになったが、これ位の年齢でのデビューというのは、これくらいのレヴェルの人たちにとっては普通のことだというのにすぐ気付き、あわてて口をつぐむ。