山上の地味な砦(ムーアの城跡)

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ペーナ宮殿から、山中の車道を下り、途中で山道に入る。
途中、家族連れの観光客などとすれ違う。
巨大な石がころがっているところから入り、城壁にたどり着く。
この「ムーアの城跡」とは、8世紀から9世紀ごろ、ムーア人によって築かれたとのこと。
ムーア人とは、イベリア半島に侵攻したイスラム教徒の呼称らしい。
その後、1147年にアルフォンス・エンリケス王が攻め入り、落城せしめた。同年、レコンキスタ達成。
ちなみに、その4年前の1143年に、ポルトガル王国を建国していた。
現在では、城壁のみ残っている。地味といえば地味だが、きちんと手入れはされているらしく、しっかりとした状態である。
現状をムリヤリ例えれば、万里の長城のミニチュア版て所だろうか。城壁の間に階段がある。そして城壁に沿う山上に高低差があるため、どんどん登っていくような仕組みになっている。
当然、展望も開け、シントラの街はもちろんの事、はるか彼方まで見渡せる。
その分、足もとが心もとなく感じ、少し怖かった。
城壁だけでなく、砦のようなところもあり、城としての装置が垣間見れる。
ヨーロッパの場合、「城」の定義が日本に比べて広く、豪華な邸宅まで含めており、綺麗で豪華な印象を持つ事も多い。
ここは山城の典型的な例であり、軍事的な機能のみの城だったんだなあと想像できる。
今に連なる、イスラムとキリストの厳しい戦いが、ここでもあったわけだ。

城壁の上を、見回り兵のごとくうろちょろした後、シントラへの下り道を降りていく。