夏の光 満ちて パリの時

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夏の光 満ちて *パリの時
辻邦生 著
昭和57年4月30日 初版発行
中央公論社

現在の日本において、一般的なパリ像というのは、まだ戦後間もない、あるいは更に遡り、ベル・エポックの時代の物が最優先されているような気がする。
シャンソンなどはその最たるもので、現代のフランスの歌手などは日本ではほとんど知られておらず、未だに、「オー・シャンゼリゼ」などが象徴のように歌われている。
それはそれで仕方のないことだけれども、偏りがあるのは、ちょっと寂しい気もする。

この本は「背教者ユリアヌス」などの作品で知られる作家、辻邦生氏の、1980年6月から9月までの、パリ滞在や、ドイツ・イタリア旅行などを記した日記である。
日本からパリに行くのに、アンカレジ経由だったり、パリの日本関連の銀行名が東京銀行だったりと、細かい所は当たり前のことながら今と違っているが、時代が80年代という、グローバル化がはじまっていく時代という事もあり、音楽と共に、社会的にもいわゆる一般的なパリのイメージとは違った点も印象深い。

ドイツ旅行での、湖の美しさを讃えながら、一方で日本の海岸などの自然破壊を嘆く。やっと日本でも景観について言われるようになってきているが、まだ高度経済成長のすぐ後くらいの時期だった。この後さらにバブルまで生み出してしまうのだから、今考えても恐ろしく感じる。

ドイツからフランスに戻る時、ライン河を渡りストラスブールに入る。このときはちゃんと国境検査があった。そして当時のストラスブールは埃っぽく、人が混雑してると書いている。その後この街は大改造のかいあって、美しい街並みを取り戻している。

イタリアの山奥の教会を車で回っている。やはりこのような所は車でないと難しいようだ。そして、教会の鍵は、わざわざそれを預かっている人のところまで行って、開けてもらっていた。フィエーゾレのようなところでも、そのようなシステムだったのだろうか。

南伊のサレルノで、自動車のガラスを割られ、車内に置いていた物を奪われる、という南イタリアらしい事件に遭遇する。このような困難の際にもかかわらず、ユーモアを発する事ができるという、奥様の優れた才能。