森鷗外 文化の翻訳者 岩波新書

森鷗外 文化の翻訳者 表紙

 

森鷗外 文化の翻訳者
長島要一 著 
岩波新書976
2005年10月20日 第1刷発行

この本は、鷗外の文業を広い意味での「翻訳」という観点から概観することで、狭義の翻訳の世界の向こう側に開ける「もうひとつの世界」をほぼ年代順に追っています。
なお、最近にも岩波新書から森鷗外の本が出ているようですが、それとは異なります。

第1章 そこにはいつでも「原作」があった ドイツ三部作
「ドイツ三部作」により、ドイツに留学した三人の日本人が西洋の女性とその背後にある文化環境といかに関わったかを、三種の典型的な例をもって示した作品。
三部作の三人の女性は当時の近代的な西洋社会の表象。しかし手に入れることはできなかった。
鷗外は深い西洋理解を示した上で、諦観する人となった。

 

第2章 鷗外とアンデルセン 文化の「翻訳」
『即興詩人』はリアリスティックな記述とロマンティックな夢物語が融合し、自伝と一人称小説が混合した複雑な作品であるとともに、実人生の記録と小説的虚構が無造作に織り成された紀行文学、観光小説でもあった。アンデルセンの半自叙伝とも呼ばれる。p52

第3章 口語文章体と西洋新思想の日本化 「翻訳」から創作ヘ
文語体を使用することで、以前の翻訳家鷗外は西洋文学作品中の登場人物の声をコントロールすることができた。しかし口語を表現の手段とするようになって、かつては遍在する語り手として作品の細部にまでことごとく制御することが可能だった翻訳者の役割を解体した。p110

 

第4章 仮面をつけた翻訳者 「訳者」であり、「役者」であること
イプセンの『幽霊』で、過去という亡霊にとりつかれた原作中の人物を、『かのように』などの自作中で批判的に取り上げながら、「訳者」であり人生の「役者」である自分の傍観者の立場と諦念を語る鷗外を浮き彫りにする。

第5章 歴史小説の世界 方法としての「翻訳」
『ノラ』翻訳後に発表した作品で鷗外は、自分の目から見た「好ましい」女性像を、理念ではなく生身の人間として提示していく。『安井夫人』の佐代。p190-191

第6章 小説から史伝へ 「翻訳」からの飛躍
「史伝」という方法で、鷗外が「(西洋)小説」執筆の際に「自己」を投影させていた虚構の主人公のかわりに、歴史上の実在の人物に「自己」の理想像を投影させて小説世界を構築する。p196-197