歴史紀行 ドーヴァー海峡(後半)

歴史紀行 ドーヴァー海峡 裏表紙 ジャンヌダルクの像

 

第3章 謀略の海 ノルマンディー
広氾な活動を見せたノルマン人はその後、各地に定住してからはまったくその痕跡を残さず、現地に同化して歴史の上から姿を消している。
中国人やユダヤ人が、それぞれのコミュニティーをつくって頑なまでに自分たちの文化的伝統を子孫に伝えているのとは対照的だ。 

日本人が印象派好きな理由
・明治になって、フェノロサらによって印象派は西洋美術の中では最もはやくから日本に紹介された。西洋絵画イコール印象派という”刷り込み”が行われた。
印象派以前の西洋美術はキリスト教ギリシャ神話の知識がないと観賞できなかったが、印象派にはそうした制約がなく、作品と直に対話できる。
・自然の光の一瞬のうつろいを描く印象派の作品は、短歌や俳句に通ずる美意識がある。p157-158

 

イギリス人は皮肉をこめていう。
ジャンヌ・ダルクを裁判にかけて、火刑に処したのはフランス人だ」
たしかに、ジャンヌを裁いたのは、ヨーロッパの神学界を支配していたパリ大学神学部の神学者たちである。
教会側からすると、ジャンヌは裁かれなければならなかった。
なぜなら、彼女は教会を素通りして、神の声を聞き、行動を起こしたからである。
カトリック教会の立場からすれば、人間は教会を通じてのみ、天国につながる。ジャンヌはそれからいうと、異端者であった。p161
異端者とは、別言すれば、時代や社会の枠を超えてしまった人間である。時代や社会の枠から超越していたがゆえに、歴史を変革する原動力となりえたのだ。
ジャンヌ・ダルク、ナポレオン、ドゴールという”フランスの三大英雄”はみな異端者であった。p162

 

第4章 覇権の海 ロンドン
王様をいただく国の雰囲気は親しみやすく、家族的である。アジアにおける戦前からの君主国は日本とタイだけだが、ともに近代化の過程で流血革命を経験していない。
王制にかわって猛威をふるったイデオロギーは何十万、何百万人をラーゲリに入れたり、虐殺している。
王政にかわるイデオロギーの怖さを最初に経験したのがイギリスであった。
1642年のピューリタン(清教徒)がそれである。
クロムウェルは国王チャールズ一世を断頭台へ送り、返す刀で革命左派を一掃して軍事独裁をしいた。
更にアイルランドで大虐殺を行った。
そんなクロムウェル父子による共和政を11年で終わらせ、王政復古を祝った。

 

ノルマン王家から今日にいたるまで、イギリスの歴代の王室にアングロサクソンがいない。みな、外国からやってきている。
ハノーヴァー家から連なる現王室(ウィンザー家)はドイツ人といってもいいほど、ドイツ色が濃い。
ダイアナ妃は生粋のイギリス人で、むしろ、異例であったのだ。p225

イギリスは島国だが、大洋上の孤島ではない。
ドーヴァー海峡は最短距離で32キロ。これはちょうど”ほどよい距離”といえるだろう。p245
つまり、大陸の先進文化を取り入れるにあたって比較的容易であるのに、大陸からの侵攻を防ぐうえでこの海峡は50万の軍隊に匹敵する天然の要害だったからだ。p246

 

第5章 運命の海 ドーヴァー 
ロンドンとドーヴァーを結ぶ国道2号線の別名は「ローマン・ロード」
ローマが整備した道で、ローマが手を引いた後も、大幹線道路として大きな役割を果たす。
大陸からイギリスに来る人々は、ドーヴァーからカンタベリーを経由してロンドンまで北上した。
アウグスティヌスもこの道を歩き、カンタベリーに教会を建てた。
その巡礼者たちを素材にして『カンタベリー物語』を書いたチョーサー
1660年の王政復古により亡命先から帰国したチャールズ二世もこの道をロンドンへと急いだ。

 

カンタベリーにおける、国王ヘンリー二世と大主教ベケットとの確執からのベケットの殉教
当時の教会や聖職者の腐敗堕落
聖職者の犯罪は教会裁判所で独自に裁かれ、その多くはほとんど無罪になった。 
だから、後世の史家の多くはむしろヘンリーの味方であり、ベケットの悲劇は彼の権力欲、貪婪、頑固な性格のせいだという見解が定説。

イギリスの修道院はみな廃墟になっている。ヘンリー八世がカトリックと縁を切り、イギリス国教会を創立した際、全国の修道院を取りつぶし、その土地を没収したからである。p264

英仏間の一千年にわたる歴史的な経緯から、両国民の間には今でも優越感と劣等感のいりまじった複雑な感情が深く根を根を張っている。
「恨み、敬意、軽蔑、熱意、好意と嫌悪が入り交じった、独特の関係」(フェイバー)p272

あとがきにかえて
イギリス人は好んでドーヴァー海峡を”狭い海”と呼ぶが、フランス人は反対に「この海峡は大西洋より広い」(ドゴール)という。
いうまでもなく、前者は物理的距離を言い、後者は心理的距離を指している。