パリの住人の日記 Ⅱ 1419-1429

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パリの住人の日記 Ⅱ 1419-1429
堀越孝一 訳・校注
2016年10月23日 初版第1刷発行
八坂書房 発行

セーヌの氾濫や通貨の絶え間ない変動、そして戦争や群盗の跋扈、不作や食糧難、宗教的演説に対する熱狂などなど大変な時代の日記です。
こういうのを読むと、やはりこの時代は暗黒の中世だったのかな、という気がします。そんな中で「この年は豊作だった」という一文が出てくるとほっとしたりします。
そして歴史的事実だけではなく、翻訳においても悪戦苦闘している様が詳しい校注により実感できます。
この巻での最大の話題は、やはり「プセル」いわゆるジャンヌ・ダルクの登場です。1429年の日記に出てきます。
まず
「この頃、人がいうには、レール川(ロワール河)縁にひとりのプセルがいた。預言者を自称してこれこれのことが真実となるであろうなどといっているという。」
と書かれています。
どことなく皮肉っぽい、嫌がっているような雰囲気です。これがパリ市民全体の気持ちだったかはともかく、少なくともこの著者はブルゴーニュ派だったことが分かります。
そして、ジャンヌ・ダルク一派のパリ襲撃も生き生きと描かれています。
「わたしがいうのは、なにしろ彼ら(レザルミノー)はたいへん不幸な目にあった。なにしろかれらの随伴する、人がラプセルと呼んでいる、これが何物かは神のみぞ知るだが、くだんの女の形をした一被造物の言を軽々しく信じ込んだ」
とやはり冷たい書き方です。そして
「そこにかれらのプセルは、旗を立てて掘割の土手の上に立ち、パリ方にむかっていうには、イエスにかけて、すみやかにわが方に降伏しろ、夜になるまで降伏しないときには、わが方は力ずくででも押し入るぞ、そっちの思惑など知ったことか、全員皆殺しの憂き目にあうぞ。なにおう、と誰かがいった、ベアルド(助平女)め、リボード(淫売)め。そうしてそのものは大弓をまっすぐ彼女めがけて射る、矢はグサリと脚に刺さる。かの女は逃げる」
と最後の方は原文も現在形でヴィヴィッドに描かれています。
この辺り、現在歴史的に幾重にもベールをかけて、美化されて描かれるジャンヌの姿ではなく、いかにも裸の、生々しいジャンヌの姿を味わうことができますね。更に
「むかし、ローマで異教徒たちがやったのと同じ手口だ。かれらはプセルを呪った。プセルはこの襲撃でパリの町を力ずくでとることになるだろう、かの女はその夜パリの町中に泊まることになるだろうし、かれらもそういうことになるのだろう、町の財産で全員金持ちになるだろうし、町を守ろうとするものがあれば、そのものは剣に倒され、家に火をかけられて焼け死ぬことになるだろうとかれらに約束したというのだ」
と、街を守る立場からすれば、ジャンヌダルクも単なる侵略者だったわけで、中世の街の防衛意識、危機意識を実感できます。イタリアやベルギーで見た、立派で頑丈な城門を思い出してしまいました。