須賀敦子全集 別巻 対談・鼎談

須賀敦子全集 別巻 対談・鼎談 表紙

須賀敦子全集 別巻

河出書房新社 発行

2001年4月10日 初版発行

 

須賀敦子さんの対談・鼎談集です。

 

向井敏丸谷才一さんは最初の三行で人を惹きつけなければならないと、よく言っているでしょう。

その絶品の一つ。小津次郎の『シェイクスピア伝説』の書評の書き出し

「伊勢松坂の小津家は二人の優れた文学研究者を世に送り込んだ。一人は現代の小津次郎で、・・・もう一人は江戸後期の小津弥四郎で、その専門は『古事記』と『源氏物語』である」

そして、ついでのようにこう書き添えるんです。

「念のために言ひ添へて置けば、弥四郎は後年、本居宣長と名を改めた」(笑)p29-30

 

小林秀雄モーツアルト、ヨーロッパはあくまでご自身のそれで、実在のすがたではない。

池内紀さんの『モーツアルトとは何か』では、モーツアルトの生きた時代についての池内さんの精密な知識をテコにしている。p30-31

 

イタリアで、ドイツ人が山を下りてくる、という言い方がある。

イタリアへ下りてきたドイツ人が裸になって海へ入る写真が、四月の初めごろに新聞に必ず載りますが、それを見るとイタリア人は、「ああ、また春が来た」と感じる。p32

 

ヨーロッパの建築家は日本の建築家をうらやましがる。新しいものをどんどんつくれるから。

だけど、あまりにも簡単に作れ過ぎると、考えなくなる。

日本の自由詩と同じ。形式の規則が全然ない。韻をふまない、シラブルも定型をすべて捨てた。自由詩になってから日本の詩はとても貧しくなってしまった。p66

 

遠山公一:どうして日本は、アメリカと比べるのかがわからない。あんなに日本と違う国はないのにね。

須賀:いやいや、あんなに世界と違う国はないのよ(笑)

末吉雄二:ヨーロッパは日本と同じで、人間関係でがんじがらめだったり、談合なんていくらでもあるしね(笑)p139

 

末吉:留学というのは、フランスに留学した人は全くフランス贔屓になってしまうし、ドイツに留学した人は飲むワインもドイツワインになってしまうという不思議なものだけど、イタリアの中では留学先のその街が、何か第二の故郷ふうに、カンパニリスモを全くそのまま受け継いでしまうということがありますね。p141

 

遠山:イタリアで歴史地区をいかに守るかというのは大問題ですね。

日本の条例なんて、消防法がいくらあっても、美しいという観点では全く決まりがないのに比べて、イタリアではそれはすさまじく厳しいですね。p152

 

ペトラルカの詩の造り方というのは、春で川が流れていて、白い花がちらちらちらちら岸辺に座っているラウラの肩に散る、というな情景を、音節の数とか脚韻などすべてをびしっと固めて作ってあります。

入り組んだ厳格な規則(韻律)の中で言葉をレンガのように動かすわけです。p205

 

池澤夏樹:ローマが土台を作ってくれたから、その上に比較的か弱いギリシャアテネが乗っていられたということはあります。

簡単な話、東ローマ帝国というのはギリシャの国ですからね。東ローマが成立したのは西のローマが頑張ってくれたからで、そのしっかりした内側に入れたから今まで続いてきたという気持ちはギリシャ人は非常に強く思っています。p212

 

『氷上旅日記』ヴェルナー・ヘルツォーク

ミュンヘンからパリまで歩いて行く

ヨーロッパの巡礼の思想が、この人のどこかにあったのではと思う。p275-276

 

三浦雅士:ヨーロッパの文学とか文化ということでいいますと、北方のドイツと南方のイタリーという縦の軸というのは、非常に重要でしょう。p284

 

丸谷才一:今何を読むかというのは結局、それまでに読んだ本との関係で決まるんだと思います。

ボルヘスに「本とは、無数の関係の軸である」という台詞がありましたね。p294

 

川本三郎ナチスの制服というのはたしかに、あらゆる軍服の中でいちばんきれいなんだそうです。

もとをたどればプロシアの制服から来ているんですけど、プロシアはお金がなかったので、傭兵は雇えなかった。国民皆兵で徴兵するときに、若い人たちを集めるためにかっこいい制服をつくった。p326

 

『パリ時間旅行』鹿島茂

川本:十九世紀半ばくらいから二十世紀初頭にかけてのパリの街の様子について、非常に生活感のある描写を丹念にされて、写真も豊富。p340

 

丸谷:クセノフォンの『アナバシス』

これは敗戦の記録で、戦争に負けて、一万何千人がうまく逃げていく話だけれども、これは興味津々、たいへん面白いですね。p374

 

私はときどきミラノの首府はウィーンだと思うんです。ローマではない。

ヴェネツィアなどに行っても、今でもそういう感じがしますし、北のトリエステまで行きますと、これはもうまったくウィーンの方を向いている町なんです。p386

 

解説 かけがえのない輝かしい会話 森まゆみ

はすっぱな言葉を使うのも好きだった須賀さん

「それでわたしはイタリアにしけこんじゃったという感じで・・・」

ペルージャで空の青さを見ただけでもう、いかれてしまったんです」

「私なんか、一生、好きなもののためにぐれちゃった人間だから・・・」p399