最後のソ連世代 ブレジネフからペレストロイカまで(第1・2章)

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最後のソ連世代 
ブレジネフからペレストロイカまで
アレクセイ・ユルチャク 著
半谷史郎 訳
2017年10月18日 発行

この本ではソ連時代の後期、副題の通りブレジネフからペレストロイカまでの期間について、様々な文章をもとに考察しています。
単なる二項対立ではない、新たな発見をすることができました。
ちなみに英語題では「Everything was forever, until it was no more  The Last Soviet Generation」となっています。

第1章 後期社会主義 ソビエト的主体と予想外のシステム崩壊

この本で考察するのは、ソ連システムを崩壊させた原因ではなく、崩壊を可能かつ予想外にしたシステムの作動原理である。

二項対立に依拠した、システムの抑圧面を強調する社会主義モデルでは、極めて重要な、そして逆説的に思える事実が消えてしまう。
つまりソ連市民の大多数は、ペレストロイカ以前は社会主義の日々の暮らしの現実(教育、仕事、友情、人付き合い、物質面の後回し、未来志向、思いやり、無私、平等)をソ連の重要で実質的な価値だと受け止めていたが、にもかかわらず日常生活では社会主義国家や共産党が定めた多くの規範や規則を時おり破ったり曲げたり無視したりしていた。 p12

近代国家のイデオロギー発話とイデオロギー実践との間に避けがたく生じる断絶のこと p15

ソ連の初期は、ルフォールの逆説を覆い隠す主人が存在して、イデオロギー言説を司っていた。当初その役割を担っていたのは、政治と芸術の革命的アヴァンギャルドである。
1920年代後半から、ソ連イデオロギー言説の主人役がスターリンに移る。
スターリンの後の後期社会主義になると、ソ連イデオロギー言説は形式レベルでは画一化・定型化し、意味レベルでは文字通りに解釈しなくなった。

「コンスタティヴ」な発話と言われる、既成事実の記述を第一の目的とした事実確認的な記述。
「パフォーマティヴ」と呼ばれる、新たな意味をつくる、すなわち、今ある社会の現実を映し出すのではなく、何かを変える発話
例えば裁判所での裁判官の言葉「有罪!」
その「有罪!」の発話を口にした瞬間にある人の地位が被告人から犯罪者に変わってしまう。p25

本書で用いた資料は、いくつかの傾向を探り当て、後期ソ連システムの内部で進行していたが、ある時期まで目につかなかったずれや変化を、イデオロギー儀礼・発話の形式レベルや意味レベルで明らかにすることである。
そのため一部の資料は、規範や規則でなく、そこから逸脱するものを選んでいる。p39

第2章 形式のヘゲモニー スターリンの予期せぬパラダイム・シフト

イデオロギー言語に関する公のメタ言説の重要な任務は、個々のイデオロギー表現の意味そのものを検討解釈することだった。
その際、このメタ言語スターリン個人の名でできている。
つまり、スターリンは外部の主人の位置からあらゆるイデオロギー発話に接していた。
しかし、1950年、スターリンが外部からのイデオロギー言語に接する立場を捨てて、言語モデルの根本的改変に踏み切った。
この改編の結果、外部の位置からイデオロギー言説に接する立場が消えてしまった。
フルシチョフが行った公的なスターリン批判の後は、イデオロギー言説の枠外に立つ可能性が完全になくなる。
後期社会主義ソ連の権威的言説には、通例とは異なる大きな特徴がある。
単に形式が画一化しただけでなく(決まり文句や繰り返しの多用、語彙や文体の類似、予想可能で儀礼的になる)、「水ぶくれ」が激しくなり、要領を得ない不格好なものになった。
ハイパーノーマル化。

形式の硬直と画一化は、非言語の権威的言説でも進んでいた。
ビジュアル・プロパガンダ、政治儀礼(集会、式典、デモ行進、学校の朝礼)、新興住宅地の空間設計など。p67

後期ソ連における新たな変化は、大きく言って二つの原理にまとめられる。
第一に、後期ソ連にあらわれた権威的言語モデルでは作者の立場が一変した。作者が新たな意味の生産者ではなく、既存の意味の中継者に過ぎない。
第二に、言説の時制が総じて過去に向かっている。つまり、どんなに新たな情報でも、過去の発話から分かっている既知の情報としてコード化されている。p76

権威的言語で書かれたテキストの校閲では、単純に動詞を取り除くのではなく、名詞化という手法で動詞から派生させた特殊な名詞に置き換えている。
もとの動詞句の文章だと、動詞に問いを立てれば、反論できる。
名詞句はたくさんの前提をつくれる上、テキストの作者の声を隠し、発話に対する責任をうやむやにする。

言説には限られた数の主人のシニフィアンがあって、多方面のシンボル素材(無関係な発話、テキスト、命題、スローガン、表象など)を一つのイデオロギー体系に束ねている。シニフィアンはシンボル空間で特別な役割を担っており、ラカンはこれを不完全なシンボル材料を均質なシンボル織物にする「クッションの綴じ目」と呼んでいる。
ソ連の権威的言説にも、一つのシンボル織物に「綴じ合わせる」主人のシニフィアンがある
スターリンの個人崇拝と独裁権力は、自身の正統性を、レーニンの教えの継承者、レーニンに指名された人物、レーニンの考えをよく知り理解する指導者に擬することで得ていた。