乱菊物語 谷崎潤一郎 著

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乱菊物語
1995年6月18日 発行
中公文庫

谷崎潤一郎による、室町時代末期、室津や家島を主な舞台とした作品です。
導入部分は穏やかなのですが、だんだんどたばたどたばた物語が動いていきます。
しかしながら前編で中断されているのが残念です。

「発端」では、明の貿易商が、小さな箱に入るような宝物を室津の遊君に送り届けようとするが、消息を絶ってしまいます。
そこでは上臈の幽霊が船を沈めるという噂があるのですが、その話の一つとして、上臈の幻のあやしい美しさと妙なる楽の調べに魅せられて、水手は櫓を漕ぐことを忘れ、舵取りは舵を操ることを忘れ、兵士は矛を執ることを忘れ、船全体が静かにうっとりと、眠るがごとく沈みつつある、とありました。
ホメロスオデュッセイア物語に出てくるセイレーンを思い出してしまいました。)

室津・家島付近の海上を、海鹿(あしか)と馬の間に出来た動物に乗って移動する男が出てきます。
もちろんこれは架空の動物ですが、水陸両用で非常に便利な動物です。
穏やかな播磨灘では、そういう動物に乗って海上も進んでいくのも可能な気がしてきました。

新古今集の撰者として名高い藤原家隆の歌に
うゑおきし誰が家島の山桜
春ゆく船の泊りなるらむ
とあります。
「此の山桜の咲いている島は、春の船旅にふさわしい港だ」と、花を点景に持ってきて褒め称えています。
特に航海術の幼稚だった時代には、宿駅を設けている良港の島は、当時の旅人や船長からも頼りにされていたようです。