史伝 黒田如水

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史伝 黒田如水
安藤英男 著
すずき出版 発行
昭和62年10月28日 初版第1刷発行

大河ドラマ終了から一年、改めて黒田如水(官兵衛)の本を読んでみました。
大河ドラマ司馬遼太郎先生の「播磨灘物語」では、若い頃の播磨中心だったのですが、この本では如水の人生全体について、バランスよく書かれています。
ところどころでドラマの場面を思い出し、もう一度観たくもなってきます。
またこの本は地図とかも豊富で、当時の動きが理解しやすくなっています。
昭和62年発行ということで、大河ドラマに便乗した本ではなく、黒田官兵衛を題材とする大河ドラマの制作を導くような本だったのだろうと思います。
逸話が主なのですが、ちゃんとその原典がわかるようにしているのもありがたいです。
参考文献としては、「黒田家譜」「黒田略記」「黒田家臣伝」「古郷物語」などを主にしています。
このうち、「黒田家譜」「黒田略記」「黒田家臣伝」は貝原益軒によるもので、だいたい1671年から1694年辺りにかけて執筆・編纂されているようです。
それゆえ、幕府を憚って真相を記述していない面や、益軒が藩士としての立場上、主家に不利な事跡はカットしていると思われる点はありそうです。

戦乱の世にはマキャベリズムはつきものである。当時の大名には、ある程度のマキャベリズムは自存の必要条件であった。
しかし如水の場合は、反間苦肉のような小策を弄するよりは、大きい意味の智略の人であった。軍略にも長けていたが、それよりも大局的視野から発する、調儀とか計略とかに優れていた。
器局の大きい大策士であって、単なるマキャヴェリアンではなかったと思われる。

如水は天正時代の中期、ヤソ教(キリスト教)に入信して、洗礼名をサイモン(シメオン)といった。
しかし徳川時代に入ると、幕府を憚った黒田家では、如水とヤソ教との関係を、記録にとどめていない。
スタインチェンの「耶蘇教大名記」によると如水はヤソ教への虐殺や弾圧を防いだりしている。
またマニラの「サンセバスチャン寺記」にも、ヤソ教の保護に力を尽くし、神父らを保護したとある。
おそらく如水は神・仏・ヤソの三教に対し、それぞれに理解があったのだろう。
如水の幅広い人柄が、ここにもあらわれている。