林芙美子紀行集 下駄で歩いた巴里
編者 立松和平
2012年4月17日 第5刷発行
この表題になっている、「下駄で歩いた巴里」というのは、NHKのEテレのJブンガクで紹介されていました。
それ以来、機会があったら読んでみようと思っていたのですが、最近やっと本屋で見つかったので早速買い求めました。
紀行文らしく、流れるような文章を、さらさら読んでいくことができました。それでも第二次世界大戦前の、戦争の足音がひたひたと迫っている時期ゆえ、緊張感も更に伝わってきます。
シベリヤ鉄道でのことは、以前に読んだ本でも紹介されていたのですが、改めて紀行集を読むと、当時には珍しく、ほとんど女一人で、本当にいろいろなところに行ったのだなあと感心させられます。
当然危険なところも多く、旅に命を預ける覚悟がないとできなかったのだと思います。やはり本物の放浪者ですね。
今回の文庫の中では、巴里の華やかさよりも、そこに着くまでの鉄道内でのさまざまな出会いのほうが、林芙美子さんに似合っているような気がしました。
列車という閉ざされた空間で、色々なわけありの人々と出会い、交流し、人間観察をし、そして去っていく・・・。こういうのが、いかにも旅に生きる旅人の刹那さをより明確に映し出しているような気がします。
ここでは人間観察だけでなく、自然にも鋭い眼が向かいます。
というのも当時は樺太の南半分が日本領だったのですが、行くところ行くところほとんど切り株だけの状況だったのです。
ある製紙会社がその森林資源をやたらめったら利用していたせい、のようですが、「このむごたらしい山野の風景を、うまくお伝えするのは困難です」という文章からも、著者の深い絶望感が伝わってきました。