海とサルデーニャ

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海とサルデーニャ
紀行・イタリアの島
D・H・ロレンス 著
武藤浩史 訳
晶文社
1993年6月15日3刷

「チャタレ-夫人の恋人」などの作品で有名なD・H・ロレンスによる、当時住んでいたシチリアから海を渡り、サルデーニャ島を縦断し、イタリア本土からシチリアに戻ってくるまでの紀行文。

旅行の荷物の一つに、温かい紅茶を入れた魔法瓶を携えているのがイギリス人らしい。現地の人には、それが爆弾のように見えたらしいが。

サルデーニャ島を選んだ理由は「何もない場所だから」というものだった。それゆえ、一般的な紀行文のように、遺跡や名所などの言及は殆どないが、その分、旅で出会った人たちの人物模写が細かく鋭い。イタリア語を駆使し、コミュニケーションも豊かだった。
しかしながら筆致自体はリラックスした感じで進んでおり、読んでいて肩が凝るような感じはない。

同行者は妻。文中では彼女を「女王蜂」(原文ではクイーン・ビー)と呼んでいるのが、雰囲気が出ていそうで面白い。

旅行時期は1921年1月。その頃の第一次世界大戦の影響、またイタリアと、ロレンスの本国であるイギリス、さらには妻の出身国のドイツなどについての、庶民の本音が所々に出てくる。イタリア人にとってロレンスは英国・石炭・為替レートという完全な抽象概念だった。当時ポンドはイタリアリラに比べてかなり高く、イギリス人をねたんだり、泥棒呼ばわりしている所もあった。

カリアリの祭りで見かけた、ダンテとベアトリーチェに扮したカップル。空けた表情がダンテにうってつけで、そこに(神曲の)地獄篇に対する現代的批判を見るロレンス。

イタリア本土に戻るとふたたび自分が現実の活動的世界に、旧秩序の真珠を溶かす発泡ワインのような大気のなかにもどったことを知る。「読者諸賢、この喩え、お気に召されたか」と自画自賛するロレンスさん。

様々な人生劇場を見終わった後、シチリアパレルモでマリオネットを鑑賞する。そこで聞いたせりふ「さあ行こう(アンディーアーモ!)」という声がロレンスの血に直接働きかけてくる。