世界近代詩十人集

世界近代詩十人集
昭和55年11月25日 初版発行
伊藤整 編
河出書房新社

世界の近代詩人十人として
ハイネ
ホイットマン
ボードレール
ランボー
イエーツ
リルケ
ヴァレリー
T.S.エリオット
マヤコーフスキイ
を挙げている。
ドイツ人2人、フランス人3人、アイルランド人1人、イギリス人1人、ソ連人1人、アメリカ人2人という構成になっている。
といっても、アメリカからイギリスに行った人、ドイツからフランスに行った人、などもいて、厳密な国籍にはならないようだ。
新興国アメリカとソ連は、叙情的な欧州に比べ、やはり元気がよい。
マヤコーフスキイなどは、いかにも革命に身を投じましたという感じで、ロシア革命の熱気を今に伝えてくれる。それでも、若くして自殺した彼の運命を思うと、革命の熱狂の後の停滞、粛清などが思い浮かんでしまう。

それにしても、詩の翻訳と言うものは、他の分野に比べると翻訳者の個性がより一層現れてしまう。
ランボーの初期の詩「わが放浪」などは、堀口大學の訳と、中原中也によるものとはかなり違う。
単に「僕」と「私」の違い、さらに翻訳における遊びの度合いにより、堀口訳は、いかにも17歳のランボーの元気よさがよく現れているのに対し、中原訳は、その落ち着いた感じで、ランボー中原中也に乗り移ったような気がする。

最後に気に入った、リルケの詩を転載しておきます。

古い家

古い家の中で。私の前は展けて
全プラアハが広い円になつて見える。
深く下を薄明の時間が
音もなく軽い歩みで行きすぎる。

町は模糊として硝子で張つたやう。
ただ高く、甲を著た巨人かと
眼前に判然聳える聖ニコラスの
緑青いろの塔の円屋根。

もう此処彼処に燈火が、遠く
蒸し暑い町のどよみに瞬きだす―
古い家の中で、今、一つの声が
『アアメン』といふやうに思われる


欧州の古都の美しさ、神秘さと落ち着きをよく表しているなあと感心します。あたかも幻想の町のようです。