日本語の補助動詞とそれに対応するフランス語の表現(フランス語を考える20章 より)

日本語では、《移動》と《話し手を原点とする方向性》を示す補助動詞としての「いく/くる」が頻繁に用いられます。それは、「去っていく」、「上がっていく」のような「〜ていく」という形と、「降ってくる」、「買ってくる」のような「〜てくる」という形に見られるようなものです。

これがフランスではどのように表現されているのかを調べてみると、なかなか興味深いことが分かってきました。

 

Il court vers sa mère.

彼は母親のところへ走っていく

Françoise s’est avancée vers son professeur.

フランソワーズは先生の方へ進んで行った

Passez par là.

そこを通っていきなさい

 

上の例からわかることは、フランス語の動詞には《移動》の意味特徴が明らかに表れているのに対し、日本語の方は、《移動》を明示するためにわざわざ補助動詞の「いく」あるいは「くる」が使われているということです。

上記の例文を次のように変えてみると、日本語の訳を変えなくてはならなくなる現象についてです。

 

Il court vers moi.

彼は私の方へ走ってくる

Françoise s’est avancée vers nous.

フランソワーズは私たちの方へ進んできた

 

これでわかるように、日本語の補助動詞「いく」、「くる」には《移動》の他に、明確な《方向性》を示す意味の特徴があると言えます。その方向の原点は《現に今話している人=私》であって、この原点から離れる方向を表すのが「〜ていく」であり、この原点に向かう方向を表すのが「〜てくる」

 

どうも日本語ではこのような補助動詞をつける傾向が非常に強いようです。

viande:Le chien s’est sauvé avec le morceau.

犬は肉切れをくわえて逃げていった

avion:Il prend de la hauteur.

飛行機はどんどん上がっていく

Le bateau s’éloigne de plus en plus.

船はだんだん遠ざかっていく

 

日本語による表現が「〜てくる」になる例。

フランス語では方向の原点である話し手を表すのに、代名詞の一人称を用いているのに対し、日本語では「〜てくる」という補助動詞によっている点です。

Il a cherché à me questionner d’une manière détournée.

遠回りに探りを入れてきた

Après un orage:Les nuages lâchaient de grosses gouttes sur nous.

頭上の雲から大粒の雨が降ってきた

 

人に何かを頼むとか命令する場合には、日本語では「〜てきて(くれ)」の形を用いることが多いのですが、フランス語ではこれによく2つの形が対応します。

 

1つは一人称代名詞を添えた命令にすることです。

Achetez-moi une boîte de sucre en morceaux.

角砂糖1箱買ってきてください

 

もう一つは、フランス語ではaller[+inf.]の形にする場合です。

これは日本語の表現があくまでも〈◎↩〉という点に着目しているのに対し、フランス語の表現は、〈◎→〉という点に着目していると言って良いのでしょう

N’attendez pas:Allez tout de suite chez le dentiste!

すぐ歯医者さんに行ってきなさい

これらは人に頼む場合だけではなく、自分のことの場合にも言えます。

Je vais aller me laver.

手を払ってこよう

 

日本語の補助動詞「〜ていく」、「〜てくる」は話し手を原点とした方向性を持つ語と言えますが、フランス語にはこの補助動詞にあたる語形がありません。