
日本語を作った男
上田万年とその時代
山口謡司 著
集英社インターナショナル 発行
2016年2月29日 第1刷発行
近代言語学を初めて日本に導入すると同時に、標準語の制定や仮名遣いの統一などを通じて「近代日本語」の成立に極めて大きな役割を果たした国語学者・上田万年(1867〜1937)とその時代を描いています。
この本では森鷗外は敵役というか、ヒール役になっています。
序章
明治41年(1908年)の臨時仮名遣調査委員会において、新仮名遣いを押し進めようとする上田万年に対して、歴史的仮名遣いを主張する森鷗外
第一部 江戸から明治〜混迷する日本語
第一章 明治初期の日本語事情
第二章 万年の同世代人と教育制度
第三章 日本語をどう書くか
・清水卯三郎によるひらがなだけで書いていこうとする運動
ヨーロッパでも日本でも発音は50しかない、ヨーロッパではアルファベット26文字でこれを書き表す。日本には仮名文字が50あるから、全て仮名で書くことができるではないか。わざわざアルファベットを借りて書く必要はない。
・外山正一によるローマ字で日本語を書いていこうとする主張
漢字を廃せよ。漢字は日本固有のものではない。
全ての文章をローマ字で書く。ローマ字は世界中で使われる文字である。
ローマ字は26字で全てを書くことができる。
英字タイプライターを使うことができる。
・漢字派の主張
漢字は千から二千字覚えれば、その組み合わせで何十倍もの単語を作り出すことができる。
漢字を廃せば、日本語に多くある同音異義語を区別することができなくなる。
ローマ字や「かな」に比べて、非常に視覚的に書かれていることを認識しやすい。
漢字は日本文化と歴史的に不可分の関係にある。
漢字撤廃ではなく、漢字の数を制限すれば学習には差し支えないのではないか。
当時はどう書くかよりも、仮名遣いの方を決着されなければならない問題としてあったのではないか。
「仮名遣い」という言葉が使われたのは、初めて藤原定家が和歌を正しく書くためにはどうすべきかということを彼の美意識の中に取り入れようとした時であった。すなわち『新古今和歌集』が編纂される鎌倉時代初期、1200年頃のことである。
第四章 万年、学びのとき
明治18年、東京大学で「博言学」(言語学)を学ぶ万年。
イギリス人チェンバレンから、日本語の「文法」を習う。
姫路中学にいた三上参次もチェンバレンから習う。
江戸時代の「素読」
先生が読むのに従って大きな声を出して論語・孟子などの漢文を読む。
文法的な説明など、言語学的な分析などは、ほとんどなされない。
第五章 本を、あまねく全国へ
明治の大ジャーナリスト、徳富蘇峰
「民友社」を設立し、雑誌『国民の友』を出版
第六章 言語が国を作る
グリムの法則
異なる言語間における単語を比較することによって、ついに音韻変化の法則を導き出すという画期的な方法
第七章 落語と言文一致
議会の議事録作成のための速記
議会と速記を結びつけたのは落語だった。