訓読と漢語の歴史〔ものがたり〕

訓読と漢語の歴史〔ものがたり〕 表紙

訓読と漢語の歴史[ものがたり]

福島直恭 著

花鳥社 発行

2019年2月28日 初版第1刷発行

 

漢文の訓読文はどのような経緯で成立し、その後どのような変遷をたどったのか、そしてそれはなぜか、ということを、漢語の存在と絡めながら説明しています。

 

本書を読んでくださる方へ

訓読文とは?

漢文の書き下し文とか読み下し文というような名前で呼ばれる文

訓読するとは?

中国語の文章や詩をみんなでちょっと違った感じの日本語文に翻訳すること

 

序章 本書の基本的立場

第1章 訓読についての基本的説明

訓読は翻訳の一種

 

古典中国語の翻訳行為に関わった人

・仏教関係者

・大学寮の関係者

大学寮とは?

当時の官僚育成のための研究・教育組織。中国の思想、歴史、法律、儒教などについての研究や教育を行う。

 

第2章 他文化受容の一形態としての借用

借用とは?

他の言語の単語を、形を少し変えて持ち込んで、単語として使っているもの

 

日本語の語彙

・固有語 和語(きまり)

・借用語 漢語(規則)

     外来語(ルール)

 

和製漢語

日本語の中でいかにも漢語のような顔をして振る舞っているにもかかわらず、中国語の中にはそんな語は登録されていないというもの

 

将来的に日本語の中に漢語として取り込まれることになる中国語の単語たちは、最初は文字化されて、中国語の文の中で使われる中国語の単語という形で船に乗って日本に来ました。船に乗って日本に着いた時点では、それらはあくまで中国語の単語であり、まだ借用語としての漢語ではありません。

 

借用は仕方なく、つまり消極的な理由で行われてるという点は間違っています。言語使用においては、不本意ながら仕方なく、そういう表現を用いるとかいうことがないとは言えません。しかし少なくともほとんどの借用はそういう消極的な理由で行われるわけではありません。

格調高さが加わったとか、より知的になったとかいう良いイメージを日本語話者に感じさせた漢語の力は、現代で言えば英語をはじめとする西ヨーロッパの諸言語からの外来語が持っているものと類似的です。

 

訓読文は、非日常性とか特殊性とか違和感を感じさせることが重要だったのですが、逆に和文は訓読文とは違って、身近さ、親しみやすさがその存在意義なのです。だからこの文体には多くの漢語は必要ありません。

 

和漢混淆文は決して「和と漢(つまり日本語と中国語)」が混ざってできたわけではなく、和文と訓読文(どちらも日本語文)が基になったものですが、それを日本語と中国語の混交(混淆)と錯覚される主な要因は、まさにこの漢語の多さによるものだと思います。

 

訓読文(拡張訓読文も含む)は日本語社会が初めて獲得した日本語の書記言語です。はしめは中国語文を翻訳するためだけの文体でしたが、後には翻訳以外の場合にも使用されるようになり、1000年にも及ぶ長期間にわたって日本語の中では最も威信のある、格調高い書記言語として日本語社会を支えてきました。

 

第3章 漢語の受容と日本語の変化

本来日本語は子音が一つあるとその後には必ず母音が一つ付いて、その「一つの子音+一つの母音」という結びつきが基本的な音の単位だと認識されるタイプの言語だからです。

 

中国語の単語を漢語として日本語の中に受け入れるに際して、まずは日本語の単語らしく形を加工する必要があったのですが、その加工は徹底的には行われませんでした。

その微妙な兼ね合いの落としどころが、日本語の方に撥音(ン)、促音(ッ)、拗音(キャ等)などを確立させて歩み寄ることだったと考えることができると私は考えます。

 

和漢混淆文の成立時には、仏教や学問の世界の人間ではなくても、少なくとも読み書き能力を獲得しているような階層の日本語話者たちにとっては、漢語はすでにそれらを除外して和語だけで文章を書くことが難しいと感じるくらい重要な存在になっていたのだと思います。

 

はじめは、中国語の文章の中の中国語の単語として日本にやってきて、翻訳日本語文の中に借用語として飛び移った漢語たちは、その後、訓読文の遺伝子を半分受け継ぐ和漢混淆文の中にもう一度飛び移りました。しかし、訓読文の中の漢語が飛び移った先は、中古〜中世の和漢混淆文だけではありませんでした。もっと後の時代に、もっと長い距離を飛び移ってみせました。つまり訓読文とはほとんど繋がりのない文体である標準日本語でも漢語は使われるようになったのです。

 

第4章 訓読文体の確立と訓読文の表記の変遷

言語変種には

言語内情報完結度が相対的に高い言語変種(書記言語)と

低い言語変種(口頭言語)があります。

 

訓読文とは一種の集団規範(ある特定の社会集団の中でだけ成立していて、その集団のメンバーであれば誰もがそれに従うべきだと思われてるような決まりのこと)

 

現代の学校教育における「漢文」の中には出てこない訓読文の表記の中で、最も重要な表記法は

・「ヲコト点」(漢字の周辺あるいは漢字の字体の内部に点を打ち、その点の位置によって読み方を規定するような点のこと)

その他に

・角筆点

動物の骨とか象牙とかあるいは竹の先を尖らせて、その先端を使って神に凹みをつける印をつけたもの。つまりこの点には色がない。ただ紙が点状あるいは線状にへこんでいるだけ。

・紙の裏側への書き込み

・簡略文字や読み順を示す記号による表記

 

第5章 訓読文の変遷と終焉

訓読文が訓読行為以外の場においても、さらには 仏教関係者や大学寮関係者以外の人々にも拡張した。

 

・和漢混淆文…日本語の言語変種である和文と訓読文の両方の特徴を持っている。

・候文…「候」の多用

・普通文…明治普通文。現代の私たちが口語とか文語とか言う時の文語にほぼ相当

 

意図的に、かなり急激に、そして相当強引に別の書記言語に取り替えたのです。その取り替えた時点というのは近代です。今からたった100年前ぐらいの話です。訓読文は近代になってその書記言語としての役割を終えました。

訓読文に代わって、オフィシャルな書記言語として現代日本語社会を支えているのは、もちろん「現代標準日本語」です。

近代中央集権的国民国家を目指した日本においては、書記言語を駆使して情報提供や情報獲得ができるメンバーが社会の中の一部だけというわけにはいかなくなりました。理想としては全ての国民に一つの同じ書記言語を習得してもらう必要が生じたのです。

 

第6章 漢語が中立ちした書記言語の交替

漢語は日本語文の中では基本的に

・名詞

・動詞

・形容動詞

・副詞

として使われる。

 

漢語の活用、和製漢語の増強などの手段によって西洋語から流入してきた諸概念を日本語文の中でも使いこなせるようにしたというのは、そのやり方以外の方法があり得なかったからそうしたのではありません。そういうやり方をしたのは、訓読文らしい響きやリズムを保持したままで、あるいは表記された文章が訓読文らしい見た目を保持したままで、つまり訓読文のステータスを維持しながら西洋文化の受容が可能だと思われたからこの方法を選ばれたのだと、私は考えます。

 

近代における漢語(和製漢語も含む)による西洋語の翻訳には、1881年初版発行の井上哲次郎編『哲学字彙』が大きな役割を果たしたと言われています。

 

漢語には近代に至る前から中国文化由来の威信が付随していましたが、近代になると、これに加えて、西洋から流入してきた諸概念を受容するための地の最先端の語彙群という、近代の訓読文の中で使われながら新たに獲得した威信も加わったはずです。

 

終章 まとめとひとつの問題提起

従来の日本語詞研究と本書との違いは、社会の中心的ポジションを占める人々の言語とか、言語使用を対象にしているという明確な自覚があるかないかという点だと思います。

 

「漢文と呼ぶのは中国語文ではなく、それを訓読した日本語文であるということ」を何よりも先にはっきりと、生徒は理解してから、教師は生徒に理解させてから始めるべきです。

 

訓読文は、今でこそこういう扱いですが、過去まで含めて考えてみると、現代日本を代表する「正しく美しい日本語」として現代の日本語母語話者達がリスペクトしている標準日本語より、10倍近い長期間にわたって日本語の唯一の書記言語として機能してきた言語変種だったということを知っている人かあまりにも少なすぎるように思います。