
アゼルバイジャンが今、面白い理由
KKロングセラーズ 発行
平成30年11月1日 初版発行
アゼルバイジャン について分かりやすく紹介しています。これを読むとアゼルバイジャンに行きたくなりました。
1章 アゼルバイジャンってどんな国?
公用語はアルゼルバイジャン語で、どちらかというとトルコ語やトルクメン語に近いと考えられています。
ユーロビジョンソングコンテストやヨーロッパオリンピックそして F 1 ヨーロッパ選手権、そしてイスラム連帯競技大会などを開催してきました。
(ヨーロッパ圏であり、イスラム圏であるわけですね)
イスラム教で禁止されている豚肉が売られていて、バクー市内の酒場では豚を食べる人の姿がいた。
アゼルバイジャンの方に聞いてみると、豚肉を食べることを決して好ましいとは思わないものの、強い嫌悪感を抱くほどではないそうです。
2章 火の国アゼルバイジャンの観光スポット
石油風呂は治療効果は高いが、心臓病や高血圧の人は入浴を控えた方がいい。
北海道の豊富町にも石油風呂があった。
・アゼルバイジャンと日本の文化や価値観が似ている
・日本の文学やメディアの影響
・高い日本の技術力
・「建国の父」でもあるヘイダル・アリエフ前大統領の存在
・日本の他国に対する姿勢
4章 アゼルバイジャン経済事情
独立した1991年から2014年までのアゼルバイジャン経済
1 経済の全体的な活動状況が沈滞した不況期(1991〜1994)
2 広く深い経済改革、意向・回復期(1995〜2003)
3 経済発展・進歩期(2004〜2014)
4 原油価格下落期(2014年末以降)
アゼルバイジャンの原油は、主にバクー・トビリシ・ジェイハン(BTC)パイプラインを通じて、ジョージアやトルコを経由し地中海に運ばれ、そこから石油タンカーでヨーロッパに輸出されています。
BTCパイプラインはロシアが参加していない。アゼルバイジャンは原油輸送における「脱ロシア化」に成功したという指摘も多い。
5章 アゼルバイジャンは日本人にとってビジネスチャンスの山!?
ナゴルノ・カラバフ地方は法的にはアゼルバイジャンの領土であるものの、実際のところ、アルメニア共和国の占領下に置かれています。そのためアゼルバイジャン領土からナゴルノ・カラバフに入ることはできません。
アルメニアからなら訪れることができますが、ナゴルノ・カラバフに入るとアゼルバイジャン外務省のブラックリストに入ってしまい、アゼルバイジャンへの入国が禁止されてしまうのです。
この事実を知らずにアルメニアを経由してナゴルノ・カラバフ地方に入ってしまった場合、アゼルバイジャン政府宛に謝罪の手紙を書けば、アゼルバイジャンへの入国が許可されることもあります。
例えて言うなら、外国人が北方領土に日本政府の許可なく、ロシア領土を通じていくと、日本政府の怒りを買うのと似たようなものだと考えていただいて結構です。
(謝罪の手紙というのが、なんとなく微笑ましいです)
アゼルバイジャンから日本に輸入する時のルート
・鉄道等で中国の最東まで、もしくはロシアのウラジオストク市まで運び、そこから船で日本に送る
・イランを経てペルシャ湾岸にあるバンダル・アッバース港町まで運び、そこから船で日本まで
・バクー市からトラックで隣国・ジョージアのポチ港まで運び、船に載せ、黒海、地中海、紅海、インド洋を通って日本へ
アゼルバイジャンをおすすめする一番の理由は心理的障壁の低さ。トイレや町並みの清潔さ
6章 魅力的なアゼルバイジャンの農業、特産品
アゼルバイジャンはドライフルーツの大国
アゼルバイジャン人は、平均的に1日20杯近くは紅茶を飲む
7章 アゼルバイジャンの交通案内
アゼルバイジャン人は人の目を見る傾向にあるので、悪く思わず、皆さんも相手の目を見てあげてください。アゼルバイジャンでは相手の目を見ることは失礼な行為に当たりませんから。
(日本人はあまり目を見ないという印象があるのでしょうか?)
1991年のアゼルバイジャン独立後まもなく、隣国のアルメニアとの国家間戦争により、25年近く経った今なお、 飛び地になっているアゼルバイジャン領ナヒチェヴァン自治共和国とアゼルバイジャン本土をつなげていた鉄道線は休止され、同自治共和国は封鎖状態に陥ったままです。
バクー・トビリシ・カルス鉄道線(BTK)は、アゼルバイジャン・ジョージア・トルコの3国を結ぶ鉄道。
ロシア領土を通らずに、カスピ海の反対側にある中央アジア諸国、つまりカザフスタン、トルクメニスタンや中国、インドなどと欧州を結ぶというのがBTKの担った大きな役割。
バクーのヘイダル・アリエフ国際空港からのタクシー
バクー市内でも2〜3マナト高く言ってくることが多いので、そんな時は断って10m ほど歩きましょう。
よほど忙しくない限り、ドライバーが追いかけてきて妥協した値段を提示してくれます。
最初からアプリでUberやTaxifyを利用すれば全く問題がありません。
8章 アゼルバイジャンをより楽しむために
19世紀中頃、ロシア(フランス?)の有名な小説家アレクサンドル・デュマがアゼルバイジャン各地を回った時、色々な食事の中でケバブが一番美味しかったと述べたそうです。
19世紀半ばまでは現アゼルバイジャン領に住んでいた知識人は自分たちの言語を〈アゼルバイジャン語〉ではなく、〈トルコ語〉や〈タタール語〉と呼んでいました。
しかし彼らは自分たちの言語とトルコ語やタタール語の違いを自覚していたため、明確には言語名をつけていませんでした。
史上初の「アゼルバイジャン語の教科書」は1888年にトビリシで出版された『母国語(第2版)』だということです。
ヘイダル・アリエフ空港に着いた瞬間に、この国は親日だと確信しました。空港職員は日本のパスポートを見た瞬間に四つ葉のクローバーでも見つけたような笑顔になり、タクシーの運転手は武道家・大山倍達さんの功績について語り、ホテルのポーターにはエレベーターで“かめはめ波”を放たれるといった具合に。