
第8章 「世界一短い国際列車」と称された南米の孤立路線
タクナ(ペルー)→アリカ(チリ)
南米大陸では、20世紀後半以降、鉄道の衰退が急速に進んだ。その縮小のスピードや規模は、日本の赤字ローカル線廃止事業の比ではない。
タクナ→アリカ線の開業した1855年頃は、アリカはペルー領だった。その後19世紀末に鉱物資源を巡ってチリはペルー・ボリビア両国と戦争になり(太平洋戦争)、勝利したチリはタクナ、アリカ両地方を獲得する。このうちタクナが1929年になってペルーに返還されたことから、それまで全区間が同一国内に帰属していた同路線が、国境をまたく゚国際路線に変わったのだ。
第9章 中国によるアフリカ支援の先駆的国際路線・タンザン鉄道
ダルエスサラーム(タンザニア)→ニュー・カピリ・ムポシ(ザンビア)
第10章 共産圏の面影を残す東欧とバルト三国の直結ルート
1991年のソ連崩壊に至る過程で、最も早くソビエト連邦から分離・独立したのは、バルト三国南端のリトアニアだった。
ゴルバチョフはこのリトアニアの独立運動に対しては軍事介入での阻止を図り、多数の死者を出す事態を招いた(血の日曜日事件)。このためリトアニアではゴルバチョフに対する評価は著しく低いという。
サンクトペテルブルク〜ヴィリニュス〜ワルシャワという国際幹線があったが、ベラルーシの北西部をかすめているため、バルト三国とベラルーシが独立すると、リトアニアとポーランドにとって、この伝統的な路線は使い勝手が悪くなった。そのためベラルーシを経由しない現ルートを整備した。
今でもカリーニングラードを経由してポーランドやドイツまで鉄道は通じているものの、リトアニアから行く場合はロシアの通過ビザや通関手続きが必要になる。
ヨーロッパの鉄道車両に個室タイプが多いのは、馬車の乗車空間の設計思想をそのまま鉄道車両に持ち込んだからだと言われている。
これに対して、車両中央の通路を挟んで座席が配置されるオープンスタイルの車内構造は、アメリカで発達した。その原型は、仕切りなどがない蒸気船の客車内の構造だったという。
第11章 ユーロスターは西欧唯一の時差 & 審査付き越境特急
ロンドン(イギリス)→パリ(フランス)
1995年に西欧 7カ国の間でスタートしたシェンゲン協定は、2023年にクロアチアが加わって27カ国まで増えている。
ところが、西欧諸国の中でイギリスはこのシェンゲン協定から一貫して距離を置いている。島国であるということと、北アイルランド紛争の影響だと思われる。
第12章 「世界一高い鉄道橋」と国の分離で生まれた新国境を体験する
このバール鉄道の途上にあるマラ・リエカ橋梁の高さが198mもあり、世界で最も高い鉄道とされていたからである。その後、インドで鉄道橋の高さ世界一の記録を上回る橋の建設が進められた。
セルビアに入ると、各駅の駅名標がキリル文字とラテン文字で併記されるようになった。セルビアとモンテネグロは、言語としてはほとんど同じだが、セルビアは伝統あるキリル文字を重視するのに対し、モンテネグロではキリル文字に対するそこまでのこだわりはなく、駅名標もラテン文字だけのケースが多かった。
バール鉄道の中で唯一のボスニア・ヘルツェゴビナ領内の駅で、出入国審査をしないということは、現在は旅客駅として機能していない可能性もある。このような、国境を少しだけはみ出してた駅が存在するのは、旧ソ連と同じように、旧ユーゴスラビアが1つの国家だった時に境界線など意識せず建設したからである。
19世紀末にオープンした殿堂のようなベオグラード本駅の駅舎がライトアップされているのを見ると、タラ号が午前中に停車したモンテネグロの首都・ポドゴリツァ駅とは、首都の玄関口としての風格や存在感において 段違いの格差がある。
第13章 バルカン半島から往年のオリエント急行ルートを辿る。
トルコの陸上国境では、出入国審査官が車内に来るのではなく、旅客が駅構内の出入国審査場へ出向いて審査を受けるパターンが多い。
第14章 中東 3カ国を貫く壮大な「アジア横断急行」
ダマスカス(シリア)→テヘラン(イラン)
残念ながら 2011年に始まったシリア内戦の影響で、このダマスカス発のアジア横断急行は途絶えてしまっている。国際旅客列車の運行は国際平和が大前提である。内戦は10年以上も続いていて、シリアを観光客が安心して旅できる日がいつ来るのか、全く見通しが立たない。
シリアではアジア人の著者に対して、最初に韓国人かと聞かれることが多い。日本よりも韓国の方がこの国に進出しているからだろう。
この路線の再東端はワン湖というトルコ国内最大の湖の西岸で、そこから東岸まで鉄道連絡線で湖を渡る。
ダマスカスからの客車ごと船で対岸まで運ぶわけではないが、旅客の大型荷物を預けている荷物車一両だけは、 貨車などに交じって船内に押し込まれる。
イランの鉄道ではどんなに列車が遅延していても、この1日5回の礼拝のための長時間停車を確保されることになっている。乗務員までが礼拝室に行ってしまったので、私1人が暗い車内や無人のホームに取り残された。