
伴野文夫 著
藤原書店 発行
2024年6月30日 初版第1刷発行
題名はレーニンとプーチンになっていますが、ほとんどレーニンについて書かれており、プーチンさんはほとんど出てきません。
レーニンはマルクスの継承者ではない、という観点から、レーニンの人生及び現代への影響を述べています。
はじめに
フランスでは戦後1945年の総選挙で第一党の得票を記録したレーニン主義の共産党は、近年退潮傾向が止まらず、2019年、自ら解体を宣言したが、ゼネスト主義の労働組合CGT(労働総同盟)に、レーニンの暴力主義を信奉する極左分子が居残った。彼らはシャンゼリゼ大通りで鉄棒を振りまわし放火を行う行為を繰り返し、治安部隊との激しい街頭闘争を未だに止めようとしない。
レーニン主義の看板を捨てたはずの日本共産党の志位和夫委員長は、民主的な党首選挙を行わずに23年も委員長の座に座り続けた。2024年 1月、党大会でようやく 田村智子政策委員長を委員長に選任して退任したが、初の女性委員長選任という見所はあるにしても、志位は委員長より格上の議長に就任して院政体制を敷いた。
第一部 レーニンとは何者か?
帝政ロシアの「田舎者」が世界革命の指導者になるまで
序章 最後の苦闘――脳障害の発作で死にいたる
第1章 地方都市から世界革命の大舞台へ
レーニンの革命に対する痛烈な皮肉と見る向きが多いが、著者はその見方を取らない。
この絵はレーニンを揶揄したものではなく、シャガールらしいユーモアに溢れた愉快な作品だと思っている。
第2章 革命の表舞台に登場
第3章 革命前夜――二月革命で帝政崩壊
愛人のイネッサ・アルマンドのへの抗し難い人間的な想い入れの中にも、レーニンの心に潜む西洋風、特にフランス革命の理想化とコンプレックスが入り混じった感情が読み取れる。
レーニンのチューリッヒ駅からの帰国は敵国ドイツ仕立ての「封印列車」
第5章 内戦の勝利、飢餓とNEP、レーニンの第三インター結成
第二部 徹底解剖・レーニン主義
第1章 「マルクス・レーニン主義」という思想はありえない
ソ連は100% マルクスが考えた国ではなかった。ソビエト社会主義で共和国連邦といえば、売り物は全産業の国有化による計画経済だったが、マルクスはコミュニズムが産業国有化経済であるとは、一言も書いていない。
マルクスは「協力体」がどのような社会であるかについて、「階級のない、従って搾取もない、民主的で自由な社会」という以上に多くのことを語っていない。
第2章 マルクスはアソシエーション(協同体)実現の道筋は語らずに『資本論』の仕上げに没頭した
第3章 レーニン革命の戦略の書『国家と革命』徹底解剖――プロレタリア独裁は死滅する国家に替われるか
まとめ――レーニン革命とは何だったのか
レーニンよ、さらば――そして、これから
第1章 レーニン主義崩壊のあと残るのはリベラルな資本主義だけ、という過ち
第2章 レーニンはなぜ西欧資本主義を倒せなかったか
資本主義は時代の変化に積極的に対応し、逃げ足の早い進化を遂げたが、レーニン主義は逆に原理主義にこだわり、資本主義の進化に対応できなかった。
著者はコミュニズムを「共産主義」と訳すのは誤訳であると考える。
コミュニズムの語源について、『コミュニスト宣言』のエンゲルスの注釈で、ヨーロッパ中世の自治都市コミューンであると説明している。
コミュニズムを訳す間違いのない邦訳語はないのだ。
岸田政権が成立し、「新しい資本主義」を目指すと発言した時、成長と分配を主張する与党に対して、野党は成長とはかかわりなく分配せよと主張して対決した。選挙戦の党首討論会で壇上にずらりと並んだ 10人ほどの党首や代表が、与党も野党も10万円程度の分配金を給付する知恵比べ論争に終始したのでがっかりした。
第3章 日本におけるマルクス再評価――斎藤幸平の画期的登場
第4章 トマ・ピケティは企業経営権の労使共有を提言――労働を商品化から解き放つ
本書をしめくくるための最終章――ベストセラー『人新世』の読者が本もののマルクスを知った
しかし時を経て、マルクスは静かに戻ってきた。斎藤幸平が 「サンデージャポン」で美女に囲まれて広い視聴者に語りかける姿を見るとき、ついに来るべきものが来たと考えにふけるのである。
(わざわざ「美女に囲まれて」と書いてるのが面白い)
ファシズムは、ラテン語のfasciaを語源とする「団結」とか「連帯」を意味する言葉である。日本ではかつての軍国主義がファシズムと呼ばれたことがあるためか、強権政治をファシズムと呼ぶ状況があるが、それは本来の意味から外れた誤用と言える。(佐藤優『ファシズムの正体』)