雨天炎天(新装版)
村上春樹 著
松村映三 写真
新潮社 発行
2008年2月25日 発行
もともとあった『雨天炎天』の新装版ということです。
以前読んだ本は、ギリシャとトルコに分かれていました。
それでも中身はほとんど忘れていたこともあり、改めて読んでも、苦労話が多かったとはいえ、たいへん楽しめました。
1988年に両国を訪問していました。
ギリシャ編
アトス 神様のリアル・ワールド
アトス半島はギリシャ正教の聖地であり、人びとは神に近づくためにここを訪れる。
この土地はギリシャ国内にありながら、宗教的聖地として完全な自治を政府から認められている。
彼は祭壇の前にひざまずいている。高僧がその横に立ってお祈りを唱えている。
やがて僧は衣を一枚また一枚と脱いでいく。そして脱いだものを青年の体にかけていく。
そういえばジェームズ・ブラウンのショーでこういうのがあったなあとふと思い出す。
ギリシャ正教という宗教にはどことなくセオリーを越えた東方的な凄味が感じられる場合があるような気がする。
キリストという謎に満ちた人間の小アジア的不気味さをもっとダイレクトに受け継いでいるのがギリシャ正教ではないかとさえ思う。
狼と山犬の間にはどれほどの違いがあるだろう?
たぶんAC/DCとモーターヘッドくらいの差もないんじゃないか。
ギリシャにおけるジャッキー・チェンの人気というのは、これはもう圧倒的である。
ロバート・デ・ニーロとトム・クルーズとハリソン・フォードが束になってかかってもかなわないじゃないかという気がする。
トルコ編
チャイと兵隊と羊 21日間トルコ一周
トルコはどこの方向を向いても、気を抜くことができない。
本当に親しい友人もいない。だからいつも微熱的な緊張状態が続いている。
浅黒い田舎顔の兵隊がやってきて、我々に向かって「いち・にい・さん・し」と日本語でにこにこ話しかける。
何かと思って聞いてみると、彼は空手の練習をやっていた。
カメラマンが空手の有段者だから、彼の空手を見てあげるが、「ひどい」とのことで、彼が空手の型をつけてやる。
ミシシッピ出身の黒人がブルース・ギターの弾き方を教えるようなものである。
トルコはパンが文句なく美味しい。
旅行というのは本質的には、空気を吸い込むことなんだと思った。
トルコははっきりと五つの部分に分かれている。
・トラキア地方のヨーロッパ側のトルコ
・イスタンブールはトルコの例外で、特殊な場所
・黒海沿岸
・シリア国境地帯から地中海にかけての中部アナトリア
・西側の地中海・エーゲ海沿岸トルコ
黒海はあらゆる意味で黒い海
ヨーロッパ人とトルコ人とは「親切」の概念が違う。
道を聞くと、とことん最後の最後まで道を教えてくれる。
シノップは哲学者ディオゲネスが生まれた場所だが、実際は風呂桶の中で暮らさず、アレクサンダー大王にも会わなかった。
トラブゾンからソ連国境まではそれまでに比べればけっこう道が良くなる。
これはソ連国境に位置する部隊を迅速に展開するための配慮ではないかと推測する。
ヴァン猫というのはヴァン湖のそばに住む特殊な猫である。
泳ぎが大好きで、右目と左目の色が違う。
クルド人は誇り高い人種であり、アラブ人やトルコ人との同化を嫌い、どの国においても激しい独立分離の運動を起こして弾圧を受けている。
映画『路』の監督はクルド人であり、刑務所内から監督した。
マルボロを1カートン持っていくと、トルコ旅行には役に立つ。
国道24号線でイラクから輸入した石油をトラックで運んでいる。
ディヤルバルクは地元民には「中東のパリ」と呼ばれている。
またまわりの黒い壁は万里の長城に次ぐ世界第二の長さであると主張する。
どっちも大嘘に近い誇張である。